ゼネラルマネージャー
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ゼネラルマネージャー(General manager)はプロ野球など、スポーツのビジネスにおいて営業や選手補強などのチーム運営全体の統括役を務める役職のこと。GMと略される。元スポーツ選手、あるいはスポーツマネージメントに精通したビジネスマンがその席に付くことが多い。
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[編集] 概要
GMは、欧米の、特にアメリカのプロスポーツでは重要な役職であり、チームの戦力の1つとされる。チームのほとんどの権限はGMが有し、チームの編成や方針の決定、選手や代理人との契約交渉、トレードやドラフトなどの新人獲得のとき誰を獲得するか、あるいは放出するか、誰をマイナーリーグなどの下部組織から昇格させるかなど多岐にわたる。それらを球団オーナーから用意された予算の範囲内でこなしてゆく。監督はGMの決めた方針を忠実に実行する中間管理職に過ぎない。GMが有能であるか否かがチームの戦力を大きく左右するため、有能なGMは別のチームに引き抜かれることもしばしばある。
[編集] メジャーリーグにおけるGM
さまざまな会見で積極的にメディアに登場する球団の顔でもあり、球団を統率するカリスマ性、経営感覚、契約更改やトレードにおける交渉力、選手の能力を見極める眼力、種々のデータを分析する統計学的センスなど総合的な能力が求められる。
メジャーリーグのGMは、2つのタイプに大まかに分類できる。1つは選手やスカウトを経験してきた現場組である。もう一方は、選手経験の無い背広組。広報やマーケティングなどで実務経験を積んでGMに登りつめた人たちである。後者は名門大学を卒業し、MBAや弁護士資格を持つものが多い。
メジャーリーグでは、かなり昔から言葉としてあったようで、1962年文藝春秋10月号の中澤不二雄が書いた記事の中に、前にヤンキースが日本のきたとき、当時監督だったステンゲルが、中澤の来期構想を聞いた質問に対して「それは僕にはわからない、総支配人(ジェネラルマネージャー)のワイズに聞いてくれ」と言ったという記述がある。さらに、金を出すのはオーナー、選手を取ったり、チームの構想を作るのはジェネラルマネージャー、実戦の指揮をとりチームを強くするのは監督、との記述もされている(文藝春秋にみるスポーツ昭和史 第二巻 P244、文藝春秋、1988年8月)。
[編集] 日本におけるゼネラルマネージャー
[編集] プロサッカー(Jリーグ)
日本ではJリーグ発足を念頭に古河電気工業サッカー部を母体にクラブチーム化された東日本JR古河FCに1991年にポストが作られ、それに就任した奥寺康彦が第1号とされている。1993年にJリーグが開幕し、2年目のファーストステージでノーマークの西端のチーム、サンフレッチェ広島が優勝した。このため当時、取締役強化部長兼・総監督という役職名で、長年にわたりチームの一切の編成を担った今西和男が脚光を浴びTV、雑誌に大いに取り上げられた。この頃、二宮清純が今西をゼネラルマネージャーと表現している。ゼネラルマネージャーという言葉が定着したのはこの前後と見られ、1994年頃のサッカー誌などの媒体には「ゼネラルマネージャー」という活字がたくさん使われている。
Jリーグでは1999年より「クラブマネジメント」「マーケティング」「チームマネジメント」の三つのカリキュラムで構成されるゼネラルマネージャー講座を開設し、国内外から大学教授・研究者・強豪海外クラブのGMを講師として招いて組織的なGMの養成を行っている。
[編集] プロ野球
日本プロ野球においてゼネラルマネージャーの肩書の第1号とされるのは1995年の千葉ロッテマリーンズで就任した広岡達朗である。しかし、当時はその制度について疑問や時期尚早とする意見も殺到したことや、監督、選手・フロントとの意見の食い違い、対立からわずか数年で廃止された。 それまで日本のプロ野球の多くの球団では「球団代表」と言う役職が置かれ、その英訳に「General Maneger」を当てているケースがあった。しかし、役割がゼネラルマネージャーより狭く、また、就任する人物が本社から子会社である球団に出向した社員が多いため、プロスポーツに通じた者は少なかった(ただし、最近は球団代表の肩書でもスポーツマネジメントに通じた者はいる)。
しかし、近年、メジャーリーグ流の球団管理方法が注目されたこともあり、パ・リーグの球団を中心にゼネラルマネージャー制の導入が進んでいる。
[編集] かつてのゼネラルマネージャー
ゼネラルマネージャー的な仕事は昔から無かった訳では無い。プロ野球では、過去に一時期ではあるが「総監督」などの名称で、同様の地位を設けた球団もあった。こういう仕事をする人がいなければチームが強くなる筈も無いが、例えば今のようにスタッフの役割が細分化されてなかった、昔のプロ野球の鶴岡一人や三原脩などの大監督は自ら有力選手の獲得に乗り出し、選手の契約金あるいは選手の査定・補強など、チーム作り全体の編成にもかかわった。またスカウトもこういった仕事に携わっていた。
ゼネラルマネージャーが社長でも無く監督でも無く、その間の全ての仕事を束ねる役職、という意味合いであるなら、根本陸夫(元近鉄パールズ選手)がその先駆と言えるだろう。西武ライオンズの監督を退任した1981年から、正式なゼネラルマネージャーという肩書きでは無かったが、「球団管理部長」という肩書きで、また1993年から福岡ダイエーホークスで「監督兼球団代表」の肩書きでそれぞれゼネラルマネージャーに近い概念の役職を経験し大きな業績を残したことはよく知られるところである。
[編集] 現在の主なGM職担当者
[編集] 野球
[編集] NPB
- 山田正雄(北海道日本ハムファイターズ)
- 王貞治(福岡ソフトバンクホークス 監督・球団副社長兼任)
[編集] MLB
- ビリー・ビーン(オークランド・アスレチックス 「マネー・ボール」で一躍有名になった)
- セオ・エプスタイン(ボストン・レッドソックス)
[編集] サッカー
[編集] Jリーグ
- 松本育夫(サガン鳥栖)
- 奥寺康彦(横浜FC)
- 竹本一彦(柏レイソル)
- 中村修三(浦和レッドダイヤモンズ)
- 久米一正(名古屋グランパスエイト)
- 昼田宗昭(ジェフユナイテッド市原・千葉)
- 安達貞至(ヴィッセル神戸 社長兼任)
- 植木繁晴(ザスパ草津 監督兼任)
- 田部和良(アビスパ福岡)
- 今西和男(FC岐阜)
- 中津川茂敏(モンテディオ山形)
